皆さんこんにちは!ご訪問ありがとうございます。これからの季節は新緑となり、美しさが増して来ますね。
今回は日本美術の美について考察してみたいと思います。
最近私は絵のために書道を習い始めました。かな文字書家さんに教えて頂いています。
納得の出来る作品が描ける様になったらお披露目出来たら、と思っています。
「やまと絵」「かな文字」の美
新しい絵画の様式と技法が中国から移入されて来たのは、奈良時代です。
日本人はもっぱら中国画の習熟につとめ、中国の文化の修練をしてきました。
その後、平安時代に入り独自に日本の題材を描いた屏風・障子絵を描き出し、当時の和歌愛好の気運と深く結びつき、「やまと絵」「かな文字」を完成させます。
日本古代の美術の原始的な表現と異なり、平安朝時代に文化的に押し上げられた日本の古典が「やまと絵」「かな文字」です。
「やまと絵」「かな文字」は簡約性、装飾性、流動性の内容と性格をどこまでも煮詰めて、日本の生活と自然の中に奥深く入って行きました。
遣唐使の廃止による日本文化の自立体制と藤原氏の趣味生活の趣向の高さが育む土壌だったのです。
「源氏物語」や「枕草子」や「伊勢物語」など女性の柔らかな優しい才能が十分に発揮される時代です。
やまと絵の諸流は日本絵画の源になり、後の時代の琳派へと続きます。
「琳派」とは
よく「琳派」と言われていますが、「琳派」って何のことか分かりづらいですね。
「琳派」の前提をなすものは、やまと絵の「源氏物語絵巻」や「三十六人家集」の装飾的な美術です。
元々は大陸の様式を借りて成立したものですが、その器の中に溶け込みさらに、日本独特の装飾性と調和感覚を思い存分発揮していきます。
宗教・文学・風俗にもさして惑わされず、柔らかで大ぶりな、単純で力と調和に満ちた美しさをズバリ鮮やかに示し、純粋に美を追求していったのが「琳派」です。
日本の精神性の心持ちの溶かし方、柔らかな明るさが溢れています。
琳派の「宗達」「光琳」の美
代表的なものは、桃山時代後期の宗達・光琳です。
日本独自の美を発揮したものと言ってよく、狩野派や土佐派とは無縁の立場で、流派に囚われる事なく日本的装飾観を生き生きと創作しています。
宗達は、本阿弥光悦との合作による書画巻の様な偉大な作風を残しています。
光琳は、宗達という宗祖を持ち技術的に徹底して完成させて行きました。
彼らの作品には、やまと絵の本流の流れを生かしながら、大胆にシンプルに作り上げた作品は今も新しさを感じさせられます。
日本は古来島国の別天地だったので、他民族と抜きつぬかれつの競争をしたり、食うか食われるかのギリギリの自己主張をする必要はほとんどありませんでした。
新しい活気を持った町の文化から出発して、日本美術の正当な流れと結びつき、創作活動を展開していきます。
日本の装飾性豊かな、精神の高さ
2020年に開催された桃山展では、琳派の装飾観が誇り高く見られ、黄金期を鑑賞することが出来ました。
装飾観は単なる飾りでも、模様でも、色合わせでも、形の辻褄あわせでもなく、日本人の精神心持ちが一つになっています。
だから長谷川等伯の「竹林図」は心を溶かし込んだ不滅の力を持っているのでしょう。
全て物が生まれるには背景があり、政治があり、単なる美術の世界からだけでなく、もっと深い日本人の生活から生まれています。
日本の美は、形がなく情的であり、簡明なものであり、柔軟で、自由で変化的で流動的なものであり、
独自に精神性を高く持ち変化させる事で開花するのでしょう。
これから私たちはどの様な美術を産むのか?生まれるのか?楽しみにしたいです。
参考文献 日本美術入門 河北倫明